2017年08月06日

最近こんなん

去年から旦那とはるちが始めたマイナー競技ではるちは優勝、旦那は準優勝。
見に行けばよかった。
夏じゃなければよかったのに。


旦那が「最近日産の〇〇をやたらと見かける」
ああ、次にうちに来るのは日産の〇〇か・・・
多分半年以内に来るだろう。ナビとエアコンさえ付いてればなんでもいいや。


洗い物対策に26cmのお皿を買った。
主食もおかずも全部乗る。
あまりの快適さに感動。


この年にしてアニメが好きになるとは思わなかった。

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2017年07月15日

現在の認識

生まれる前に何を学ぶか、どんな経験をするかすべて決めている。
そのために最適な環境が選ばれる。
場所も時代も詳細に。
それは地球ではないかもしれないし、地球であったとしてもこことは違う地球かもしれない。
現在のルールや道徳がまるで通用しない世界かもしれない。
優秀な肉体かもしれないし、障害を抱えて生まれるのかもしれない。
わざわざ身体を持って体験するために生まれるのだから相当の覚悟があったはずだ。
なぜこの惑星なのか?
なぜこの時代なのか?
なぜこの家族なのか?
すべてに意味があった。
だからこそ心と身体を使って行動することの大切さ。
その計画書が出生図で、年を取るにつれてその意味が分かってくる。
ああ、確かに私が選んだわという実感がわいてくる。

世界は過去から未来に流れているわけではない。
同時にすべてが存在する。
それがようやくわかってきた。
運命を受け入れるのとはちょっと違う。
世の中色々あるけれど、結局のところ何事も楽しまなければ損。


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2017年07月09日

普通の日だった

誕生日プレゼント何が欲しい?と聞かれて、欲しいものがないことに気が付いた。
物欲がまったくないわけではないけど、もらって嬉しくないことも多いし。
物はいらないけど、1日何もしない日が欲しいっとリクエストした。
ここ数年、週1日はほぼ何もしない日になってたけど、まったく何もしない日!というのが欲しかった。
が。
結局朝から出かける二人の探し物したり、前夜に旦那が洗濯したものが洗濯機に放置されてるのに気が付いたりでこれじゃあいつもと変わらないことがなんだか悲しい。
もっとスペシャルな一日が欲しい。
ほんとになーんにもしなくていい一日が!!!!

こんなにも引きこもり体質なのに意外にも貧困とか子供を取り巻く環境とか社会的なことを考えたり仕事にしているのは南半球に星が多いからなんだろうなあと思う。
サビアン見てもそんな感じ。

子役やスポーツ選手もそうだけど、棋士も意外と小さい頃からの映像や写真があって面白い。
人間の顔がどう変化していくのか観察するのが楽しい。
特に将棋は中年以降になっても経過が終えるなあと最近気が付いた。
やはり内面の変化は外見に現れ隠しきれない。
心の目を持たない私は、人の内面をそういう風に読み取っていくしかないある種生きる知恵でもある。

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2017年07月07日

いまだ何もできない自分

画面の向こうに災害がある。
相変わらず何もできない。

何かするために頑張ってきたけど、それだけの力がない。
何もかもがいまだに中途半端。






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2017年06月25日

5年後また

免許更新に行ってきた。
古い免許証欲しいんですけど、と言ってもらって帰った。

ちょうど5年前だけど、雰囲気がだいぶ変わったなーと思う。
あ、大人になった。みたいな。決して老けたということではなく、余裕のある大人びた表情。
首も長くなったというか。
5年も経ったのだから色々変わったところはある。

私は昔から足が長いと言われてきたけれど、脊椎が極端に短くて相対的に足が長く見えるという錯覚に過ぎなかった。胴短長足。日本人離れした体形と言われる所以。
背骨が伸びなかったということは頸椎も同じで、だからアゴのすぐ下に肩のライン。しかもいかり肩だから上半身全体が詰まって見える体型。だった。
のだが。
今年の春くらいから首長くなーれとナデナデしていたら長くなっていた。

3K.jpg

そういえばポロシャツの一番上のボタン留めても気にならなくなっていた。
続ければもっと伸びるかもしれない。5年後どうなっているだろうか?


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2017年06月24日

Go east!再

修学旅行に行ったはるちが帰ってきた。
めちゃめちゃ楽しかったようで「また行きたい」を連呼している。
修学旅行ってそんなに楽しかったっけ?と自分の時を振り返るけれど楽しかった思い出は出てこなかった。
毎日つまらない顔をして学校に行く私を見て、もしかしたら親は辛かったのかなと思う。
勉強ができて友達もいて、でも窮屈で生きているのが嫌だった。
早く抜け出したくて仕方なかった。
今の時代の学校なら楽しいと思えるだろうか?いや、それはないな。

お土産にもらったキーホルダーを一目見て顔が歪む。
「子供が自分の為に買ってきてくれたもの」を喜べない。
こんなの趣味じゃない、とはさすがに口には出さないけれど、顔に出てしまう。
買ってくるはるちも悪いと思う。
いや、こんなセンスの悪い子に育ててしまった自分が悪いのか。
リトルグリーンメンとポップコーンのキーホルダー。
三つ目とか緑の肌とか気持ち悪いことこの上ない。ポップコーンの意義がわからない。

一生懸命お土産を選ぶ
   ↓
ちっとも喜ばない母の顔
   
を何度も繰り返すうちに、人の為に何かすることに否定的な子になってしまわないか不安。
やっぱり社交辞令の一つも言えない自分が憎らしい。

なんの屈託もなく「ありがとう」と喜べる親になりたい。

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2017年06月23日

Go east!

震災後、行くことはないだろうと思っていた東京に行った。
都会はあまりの人の多さに気が緩むと涙が出る。
「ちゃんと有ってよかった」と歩きながら泣く。
多分、嬉し涙に近いんだと思う。

東京駅から靖国神社に直行し、その後春日の手話カフェに行く。
静かな空間に賑やかな会話が飛び交う。
隣の席の客と話に花が咲く。
楽しい。
「この後四ツ谷に行くんだよね」
「四ツ谷?春日からだと乗り換えなきゃいけないね。ちょっと歩いて後楽園からなら乗り換えなしで行けるよ。それだと10駅向こうだよ」
「10駅?遠いね」
10駅という情報がガセだった時のクスッと感。

スマホがあれば便利なのかもと思いながら、別に要らないことがよくわかった。
ただ、聞こえない人たちにとっては不可欠な時代であるとは思う。
昔なら、どんなに焦がれても得られなかった情報が簡単に手に入る。
高齢のろう者がテレビ電話で手話で話してるのを見るて技術の進歩に感動した。
それでもどうやっても埋まらない差はあるんだろうけれど。

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2017年06月14日

ハード優勢VSソフト優勢

スクエアだけで5つある私のホロだけど、これまで苦労を感じたことがない。
傍から見た大変な人生と言われるけれど常に満足を感じてきたし、むしろ大変なのは周囲だったんじゃないだろうか。
イメージ的には、チェーンソーで道を切り開いてきたけど、それが充実して楽しかったというか。
ブルドーザーとかあればラクなんだろうけど、イメージ的にはチェーンソーで、それが私にはちょうどよかった。

私と対極なのがはるちで、人生イージーモード。
これまで何の苦労があっただろうか?いや、ない。
ハード=なんとかする
ソフト=なんとかなる
なにがあっても知らないうちになんとかなってしまうところがソフトなんだろう。
けれど、当たり前に幸せすぎて、幸せを感じられなくなっている気がしないでもない。
贅沢だ、と思わないわけではない。けれど、同じ人生を生きたいかと言われれば嫌だと思う。
ただ生きているだけで幸せだと感じたい。


授業参観なんかで学校に行くと、はるちが目立つ。
人間の中に、一人違う種類の子がいるみたいで浮きすぎている。
姿形もそうだけど、空気感が異質。
それでもなんとか上手くやってはいるみたいで、早熟ですでに地に足付けて大人になりきってしまったような子達と不思議と仲がいい。そうやってバランスを取って生きていくのかもしれない。

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2017年06月13日

それでいいのだ

好きなアスペクトの太陽土星の合が、なんでよりによって9室なんだ?
とかなり恨めしく思っていた。

けれど、自分の人生が楽しいのはこれのおかげなんだなあとこの歳になって感謝しかない。
この世に生きることを充実させるために、さすが私が選んだだけのことはある。
身体を持って生きなければわからないことを、どこまで探求するかにかかっている。
それが知恵であったり知識であるのは水星も同室だからか。

かつての未知なる世界は「海外」だったけれど、今はどうだろう。
それは宇宙や精神の世界ではないか。
私の興味の対象そのものだ。



はるちのホロスコープを見ていると、占い師が適職ではないかと思う。
本人は関心がないだろうけど、その気になればかなりの売れっ子になれるんじゃないか。
美人だし。
占い師にはならないとしても、そういう才能を活かして生きてくれればと思う。

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2017年06月09日

妄想の日々

「あなたは打たれ強いからこの仕事に向いてますよ」
と言われた。

よくよく聞いてみると、統合失調症の「お前は敵」妄想にロックオンされ続けたら、普通は精神やられるか仕事辞めるかのどっちからしい。
私は、私を見るたび急速に精神の状態を悪化させているのを見て「なんか大変だなあ」くらいにしか思ってなかった。
私を見て敵と思うのはその人の問題であって私が悪いわけではない。

この業界で働く人は病むことが多い。
私は利用者との関係性を構築できませんでした、という責任感やダメ支援員という自分と向き合うことができないからだろう。
身体の疲れは寝れば治るけれど、心の疲れを癒せない人はいる。
そもそも病んでしまうような人はどんなに相手の心に寄り添えてもこの仕事には向いていないのだろう。

病まない為には、俯瞰する視点を持つこと。

posted by みおぴん at 19:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

障害者がいる

友達数人とご飯を食べに行き「障害者可哀想」という話が出て、え?と思った。
そういえば私は障害者が可哀想なんて思ったことがない。
という話を旦那にしたら、旦那も「障害者可哀想」と思うらしくて驚いた。
「だって目が見えなかったり車椅子って可哀想じゃん」
「うーん・・・そう・・・?」
でも、誰でもいつかは障害者なんだけど。
たまたま運よく健康なだけで。
障害のあるなしで幸不幸が決まるわけではないというのを日々感じている。
障害があるから可哀想って、当の本人は感じているだろうか。

今、統合失調症の利用者に被害妄想の恨みを買われている。
でもその人にとっては真実だ。
「この人が私を殺しても、この人は罪にはならないんだよな」
「この人は一生こうやって生きていくんだな」
「そういう人生もあるのか」
やっぱり可哀想だとは思えない。
本人は辛いだろう。けれど私はその辛さがカケラもわからない。
けれど、なんだかちょと切ない気持ちになったりする。

posted by みおぴん at 20:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

風邪の効能

10日(水)
「仕事を休む休まないの境界」
という講義をした。限界超えて我慢する人とあまりにも我慢しない人との差が激しく、そこらへんの対話を交えながら。
37度で休む人もいれば38度で休む人あり。
37度って私の平熱です。と言うと驚かれた。
この日鼻水がやたら出た。花粉症か何かのアレルギーかと気になる。

11日(木)
鼻水相変わらず。なんとなくアレルギーの予感。熱37.0℃

12日(金)
午後鼻水治まる。のどが痛い。・・・風邪かも。熱37.0℃

13日(土)
のどが痛い。やたら飴が食べたくなる。風邪で寝込むための準備をする。ご飯作りとか。
身体が硬い。
二重の幅がものすごく理想的になる!!!
夕方熱38.0℃
水曜日の講義を思い出す。
38℃・・・あー、確かにこのくらいならちょっと無理すれば働ける。
けど、のどが痛くてしゃべりたくない。
働けても、無理をした結果が怖いわけで。
という体験をしたことを月曜日に伝えようと思う。

14日(日)
鼻水、のどの痛みなくなる。熱37.0℃
二重の幅そのまま!
家族から見たらたいした差はないらしい。「全然違うよ!!別人レベルだよ!」



顔が柔らかくなったというか、すごくいい感じに変わった。
そしてやっぱり気を付けないといけないのは、家事をやらないことに罪悪感を持ってしまうこと。
休まなきゃいけない場面なのに心から休めていないこと。
家事を代わってほしいわけではない。外で勝手に食べてきてもらうと気楽。
だからこれは罪悪感ではなく・・・とこれから自己分析していこうと思う。

posted by みおぴん at 20:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月11日

聖者の行進

ちゃんと自分を見てほしい。
もっと自分に関心を持ってほしい。
ただ受け入れてほしい。
見守ってほしい。
笑ってほしい。
抱きしめてほしい。
大好きだと言ってほしい。
ずっと大好きだと言ってほしい。
愛してほしい。


無視しないでほしい。
自分にお母さんの理想を押し付けないでほしい。
お母さんの夢を叶えるための道具にしないでほしい。
世間体ばかり気にしないでほしい。
ダメになった時、自分への興味を失わないでほしい。
見捨てないでほしい。



ああ、これは彼の復讐なんだ。
お母さんへの復讐なんだ。
それなら私は応援する。とことんまでやれ。
お母さんにその苦しみが伝わるまでやれ。
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2017年04月24日

平行世界

夢の中で、妊婦さんだった。
お腹に子供がいる感覚が懐かしくて幸せで、朝起きた時「ああ、あの世界の私も幸せなんだな」と感じた。
不幸な状態できる自分が想像できない。
どの世界にいる私も幸せを感じて生きているに違いない。
↑なんて能天気なんだろう

posted by みおぴん at 20:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

それでいいのだ

この仕事を始めて、これまでの人生では出会ったことのない人たちを深く関わるようになった。
マズローの欲求5段階説でいえば、安全欲求がギリギリようやく満たされてる人とか。

家族がいなくても生きられる。けれど、やはり人間としての土台が欠けている。
それでもその人にとって土台よりも雨風しのげる場所と食事で頭がいっぱいだし、それが満たされてようやく次の段階に進んでいくしかない。

同じ国で。すぐ隣がそんな現状であっても。
どうでもいいと思ってる人が6割。煩わしいだけの存在と思っているのが2割。
それでいい。2:6:2の法則はかなり正確だと思う。
心理学をかじった人ならば知っている「ストローク」はマイナスであっても有効だ。
何故なら私は障害者が嫌いだから。
生活保護受給者が嫌いだから。
生産性のない、血税の無駄使いでしかない存在と思っているから。
「ごく一部の」ではない、ごく普通の生活保護受給者の浪費っ振りを目の当たりにし、その思いは強くなるばかりだ。
もしどうでもいい無関心層であれば、この仕事はしていなかっただろう。
別にその人個人が不幸だろうが貧しかろうが心の底からどうでもいいけれど、そのために国民の血税を使われるのは嫌だ。
だから一人でも多くの障害者や生活保護受給者を健常に近づけ就職させる。
彼らが社会の一員として云々の思想はまるでない。私の「嫌い」を転換させるとそうなる。
福祉に携わる人間が天使なわけない。
それでも非常に熱心で優秀な支援員と言われているのは、自分の中の「嫌い」を上手く活用しているからだろう。

障害者が嫌いと言うのはタブーだろうか。
それすら言えない人は幸せだろうか。

posted by みおぴん at 18:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする